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2004年
12月第4週





放置〜
教訓なきひとびと・・・の巻

 なりゆきではじめてしまった罵詈雑言日記も、今年は今回が最後である(“号外”を書きたくなる可能性はあるが)。
 12月14日の朝日新聞朝刊スポーツ欄に、ちょっと面白いコラムがあった(EYE・西村欣也氏)。
 新プロ野球チーム=楽天に移籍した河本(日本ハム→)や中村(横浜→)ら。主にベテラン選手たちにスポットをあてた内容で、決して燃え尽きていないベテラン勢の戦いぶりに期待を寄せている。彼らの多くが元の球団における年俸からすれば“大幅ダウン”という条件で新たなチームに集ったわけだが、選手たちの姿からはカネの問題ではないというふうに感じられ、どこなく野武士的反骨精神を漂わせていて痛快だ。コラムは、<反中央、反権力と言われる「伊達気質」が、ナインの追い風となる。>と結ぶが、やってくる2005年の日本が、こうした気質によって盛り上がることを期待したくなってきた。いつまでも飼い犬でいていいわけではない。


・ドン・キホーテ放火殺人事件に思う
 12月13日から続発しているディスカウントショップ「ドン・キホーテ」放火事件。死傷者が出るなど許し難い事件であり、犯人逮捕を含めて、早い解決を期待したい。
 事件捜査は素早い展開をみせ、同日、「店内からカゴと商品を持ち出した」とする窃盗容疑で女性を逮捕、18日には家宅捜査を行なうとともに「放火容疑」についても追求がされているという。女性は「火や煙がみえたので(カゴを持ったまま)びっくりして逃げた」と放火容疑については否認をしている。
 さて、この事件報道をみていて、以前起きた「松本サリン事件」を思い出した。1994年6月に起きたこの事件は、長野県松本市の住宅街で深夜に起きたもので、死者7名、重症4名を出す惨事となった。事件から6日後(7月3日)、捜査本部は「サリンと推定される物質を検出」と発表し、被害者である河野義行氏(当時44歳)に事情聴取を行なうとともに、家宅捜査を行なっている。はたして河野氏は警察・マスメディアによって完全な犯人に仕立てあげられ、翌3月に起きたオウム真理教(現・アーレフ)による「地下鉄サリン事件」まで、その“汚名”が晴らされることはなかった。事件は、オウム真理教教祖=麻原彰晃の命令により同教団が行なったことが明らかになったが、当時、容疑者の段階で、それも容疑を否認している状態のなかで同氏を犯人として祭り上げたマスメディアの姿勢は、その後、報道のあり方についての一石を投じる結果となった(同様に警察の“冤罪”でっち上げの遣り口も明らかになったが)。
 今回の放火事件関連の捜査や報道をみていると、その多くが窃盗容疑で逮捕された女性が放火事件についても犯人である可能性がきわめて濃厚だという前提に立っているとしか思えないフシがある(ビデオに残さなかったため具体的にお伝えできないのが残念だが、12月16日あたりであったNHKの報道がその極みだという印象を残した)。他店でのボヤ騒ぎでも「(容疑者と酷似した)不審な女がビデオに写っていた」だの、女性逮捕後に起きた同種の放火に際しては「模倣犯」ではないかと発表する警察のコメントをメディアがそのままタレ流しにしている(一部に例外があるが)。当初は「白い服を着た男」という児童の証言も伝えられていたのに、これはどうなったのだろうか? その一方で、果たして同種の窃盗容疑で家宅捜査まで行なう必要があるのかどうかについての検証が、自分が知るかぎりではみられない(事実上、放火の容疑者として捜査しているとしても、この段階で家宅捜査までが認められることの恐ろしさを市民はもっと敏感に感じるべきであろう)。
 この一文を書いている12月18日段階では、犯行についての詳細は明らかになっていない。だが、実際に犯行を行なったのが誰であるにせよ、別件容疑で拘留されている市民に対して警察の“推論”を無批判に報じる姿勢は改めるべきであろう。この記事http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/don_quijote_serial_fire.htmlなどはむしろ煽っていないか? 記事本文には「窃盗容疑で家宅捜査」と記しているクセに、見出しには「ドンキ連続放火」とある。どっちが本当なんだ? 家宅捜査は放火事件のそれと断定していいのか(辺見庸さんが、ご自身が在籍していた共同通信などいくつかのマスメディアについて「(いまの記者たちの多くは)100回生まれ変わってもマトモなジャーナリストになんかなれっこない!」と嘆いていたのを思い出す)。松本サリン事件の教訓が、なにひとつ生かされていない。

 いまひとつは、消防査察の問題である。ドン・キホーテについては、たびたび消防署からの指摘を受けていたことが伝えられており、この事件を受けて商品の陳列方法を見直すなどの動きが、遅まきながら聞こえてきている。だが、消防署による査察というのがどこまで実効性があるのかについては、これまでも疑問に感じてきていたので、今回のように深刻な事件が起きてはじめて“改善”がなされつつあるということについて冷ややかに見つめざるをえない。
 個人的な体験になるが、書き手という仕事を志す以前は、出版や報道とは直接関係のない業界で勤めていた。そのときにデパートやテナントビルなど大型小売店鋪に仕事で出入りしていたものだが、つまりそれは裏側を見る機会に恵まれていたということでもあった。そのときの職業上で知りえたことをここで暴露するつもりはない。だが、消防査察がいかにザルであったかについては書いておいてもいいだろう。ごく一部の店鋪だが、消防法など完全に無視していた面もある。直接無視していたのは、店鋪に出入りしていたオレ自身とデパート側の担当者やその直属。非常階段を含む避難通路や導線上には商品の陳列ができないのは当然だが、非常階段などが、当時は商品や備品のストック場所として大いに利用されていた(とくにバブル経済真っ盛りからその直後あたりまでが酷く、その後はだいぶ厳しくなってはきていた)。もちろん禁止行為である。だが、売り上げ至上主義と好景気で浮かれていたころは、ようは見てみぬフリであり、お互いになぁなぁでやっていた面が非常に強い。しかしもちろん違法であるから、「明日、消防が入るから片づけておいて」とときどき電話が入ってくる。デパートの担当者が臨時に倉庫を確保し、そこに一時的に商品のヤマを避難させるわけだが、査察が終れば元に戻すのが慣例だった。その場凌ぎである。
 この例などは違反行為をしていたほうが悪いのはあたりまえだ。しかし、「明日、消防が……」と担当者が伝えてこられるのはどうしたわけか。つまり事前に消防署から「●日に査察を行ないます」との連絡が入ってきていたわけで、そうなれば査察自体が書類だけのために帳じり合わせの茶番をしていたとしか思えず、当時から釈然としないものを感じることもあった(仮に査察の情報が裏からのリークだったとしたら別の問題も起こってくる)。幸いにして事故や事件には遭わなかったが、そのために重大な事件でも起きたら消防署やデパート側はどう対処したのだろうか。
 ドン・キホーテの場合にはそういう演出があったのかどうかは知らないが、少なくとも改善について指摘を受けていたとのことなので、状況はもっと深刻だったのだろう。だが、そういう“指摘”を受けていない店鋪やビルなどでも、ふだんの姿はどうなのかという点を、もっと細かに見ていくことが必要であるのは間違いない。
 多くの死者を出した歌舞伎町での火災事件(2001年)もそうだが、繁華街の飲食店ビルなど、利用していて防災面で不安を感じを受けることも多い。建物の構造面を含めて、危機管理意識の高まりがもっと必要だ。

*この記事は「つれなのふりや」にも前半部分を掲載しました。

・本の話
 いちおう1年の締めくくりということで、しかつめらしく今年を振り返ってみようかと考えたが、この期におよんで罵詈雑言三昧というのも気がひける。そこで、今年読んだ本のうち、とくに印象に残ったいくつかを簡単に感想を交えて紹介してみようと思う(順不同・再読を含む)。

■『シルクロード 路上の900日』(大村一朗著・めこん)
 シルクロード1万2000キロ(西安〜ローマ)を単独徒歩で歩き通した旅行記。
 日常のふとした思いつきからはじめた徒歩の旅。単純な発想の旅をやはりシンプルな筆致で描く。それゆえ著者が行く先々で巡り合うひとびとのやりとりや事件、自然との対話が飾り気なく伝わってくる。その行間に著者のひととなりが見えかくれする。こだわりはあるが気負いのない旅行記は、最後まで心地よく読むことができた。自分のまわりでは、シルクロードの旅について「可能だ」「いや、ぜったいムリだ!」との意見が周囲で交錯していたが、まさか本当に歩き通したひとがいるとは思わなかった。細かいことだが、著者が途中コースを外れてインドに立ち寄っている。およそ2カ月のインド旅行を著者はどのように描いたか? 寄り道は旅の後半を通して行間ににじみ出ている。
■『無念は力 伝説のルポライター児玉隆也の38年』(坂上遼著・情報センター出版局)
 田中角栄の裏側の追求で知られるルポライター児玉隆也の姿に迫るノンフィクション。
 児玉隆也は、ルポライターとしての活動はわずか3年余という短かさにあって、志し半ばで病死した“伝説の”ひと。著者の坂上遼氏がとらえた児玉は、優れたルポライターでありながらも“欠点”だらけだった人間像として浮かび上がってくる。しかし、むしろ描き出される児玉の姿よりも、そこに意志とペンとの力を集中させる著者のエネルギーに圧倒された。ルポを書くとはどういうことか? 著者自身が自らを「探訪記者」と名乗っているところに、ひとつのヒントがあると思った。
■『こころ熱く無骨でうざったい中国』(麻生晴一郎著・情報センター出版局)
“不法滞在”していた中国での体験を綴った。
 著者は20歳からの16年間に37回もの中国渡航を果たし、不法滞在だけでなく不法就労も体験した人物。中国人向けの商人宿に潜り込んで暮らすなど、不法ゆえに可能だった中国との触れあい。著者が描き出す中国人たちの姿は、友情や恋愛、国内外でのいざこざの数々などを通して、本当に“うざった”く迫ってくる。正直、かなりのカルチャーショックすら与えられた。いや、むしろそこに鏡を見るようでうざったく感じたのか……。
■『麻薬脱出 250万依存者の生と死の闘い』(軍司貞則著・小学館)
 麻薬中毒への道はたったいちどの注射からはじまった……。
 シャブ中となった元船員と、シンナー中毒の少年とその家族とを軸に薬物依存の世界が描かれていく。元船員はやがて薬物中毒者更正支援施設「ダルク」を立ち上げるに至るが、そこに現れてくる薬物中毒の世界は、単に「麻薬撲滅」を叫ぶことがいかに無力なのかということを教えてくれる。繰り返される薬物乱用に対して社会は、個人はどう立ち向かうべきか? ひとつの道筋が示されている。読み進めながら、ふたつの軸がどこでどのようにしてからみ合っていくのか、そんなところにもワクワクさせられた1冊であった。
『戦場のカメラマン』(石川文洋著・朝日新聞社)
 いわずとしれたベトナム戦争を中心とした戦場ルポ集。
 自宅の書庫を整理していて“発掘”したが、じつにタイミングよく再読する機会を獲たと思う。ベトナムの再来ともいえるアメリカ合州国によるイラクへの侵略が続くなか、果たしてジャーナリストの取るべき道はなにか? 発掘した当時、国内では、あの“自己責任論”という忌わしい流行語が跋扈していたが、“自己責任”云々に関する答のひとつは、この1冊に充分に語られている。本文中ではベトナム戦争の戦場の様子からはじまり解放後の姿や踵を接して起こったカンボジア大虐殺などが生々しく描かれ、著者を含めたジャーナリストたちがそのなかでいかに生きてきたかが伝わってくる。
■『狭山事件──石川一雄、四十一年目の真実』(鎌田慧著・草思社)
 戦後の冤罪事件としていまなお闘いが続けられている狭山事件を堀り起こした人間ドキュメント。
 著者の7年にも及ぶ取材は、事件の経緯や裏側の事情、警察の捜査、マスメディアの報道とその姿勢、裁判とそれをめぐる社会の動きに加えて鎌田氏自身の人生にまでペンをおよばせている。時代はめぐり社会は進歩したかにみえるが、果たして警察やマスメディアのあり方は進歩したといえるだろうか? あの時代、「ここまで理不尽な報道がされていたのか!」とショックすら覚えたものだが、本書を読み進めながら、現代のそれらは進歩どころかむしろ後退しているのではないかとすら思った。
“読者”としての自分もまた、被害者はもとより、犯人とされた石川一雄氏をはじめ文中に現われるすべてのひとびとと同じくひとりの人間である。そんなあたりまえのことを考えながら行を追ったように思う。年の締めくくりに再読してみたい一冊だ。


来年もなにとぞよろしくお願いいたしますm(__)m  





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